Made in Japan

コロナのお陰でゴルフ場もテニス場も閉まってしまい、週末も引きこもり状態。 TVは、以前も書いたように、午前中は日本のゴールデンアワーに相当するので、まあまあ見れる番組もありますが、午後はいけません。日本の深夜ですから、当然見るに堪える番組などありません。休止しいてるチャンネルも少なからずあります。会議中ならすぐに居眠りできるけど、いつ昼寝しても良いとなるとこれが寝れないものです。そもそも夜十二分寝てますし。では何をするか。そうです、本を読むことです。でも家にある日本で買ってきた本はとっくに読んでしまったし、サンパウロに日本の本屋もないこともないですが、このコロナ騒動でやはり閉まっております。老人には”教育と教養”がポイントということを聞いたことがあるでしょうか?語呂合わせですが、”今日行くところと今日用事があること”がとても大切ということです。なにもしないで何時間もじっとしていろ、というのは半ば拷問に等しいと言えます。

私のアパートから歩いて3-4分のところにMade in Japanという名前のコンビニがあります。その名の通り日本の食料品が一通り揃います。野菜もある程度置いています。もちろん野菜は日本製ではありませんが、どこから仕入れるのかどれも日本風の野菜に見えます。たとえばこちらの長ネギは、日本でいう分葱みたいな細いものばかりなのですが、ここのネギは深谷ネギのように太くて立派なものです。  そしてこの店の片隅には日本の本が無料で貸し出していることを思いだしました。ただ無造作(と言っては失礼ですが)に積み上げているだけですが、およそ300冊ぐらいあるでしょうか。

*コンビニエンスストアー、Made in Japan。日本のコンビニぐらいの大きさです。

これまではさほど気にもかけなかったMade in Japanの貸し本コーナー、歩いて3-4分の近所ですし、善は急げ。寄付するつもりで、家にあった数冊の文庫本を持って早速行ってみました。                          日本に居たらまず買わないだろうなという本が多かったものの、とにかくここにしか無いわけですから贅沢は言ってられません。既に読んだ本なども含めてまずは3冊ありがたく借りて参りました。ついでに食料品も少々買いましたが、寄付した本には随分と喜ばれ、何度もお礼を言われたのには少々意外でもありました。私のように、本に釣られてやってくる客も結構いるのかも知れません。

*借りてきた3冊。

「終わった人」は3-4年前に読んだものですが、とても印象に残っていたので再読することに。ただ、文庫本版はちょっと内容が違っていて、自分の記憶違いかな、と思ったのですがあとがきに”文庫化にあたり、一部加筆・修正しました” とあったので、一安心した次第です。たまたま選択肢の少ないなかから選んだ3冊ですが「農ガール 農ライフ」も「手紙」とても面白いです。お勧めです。

おもしろコロナ対策

サンパウロの日本人の知り合い(Mr. Sさん)からブラジルでの面白コロナ対応の写真が手に入りましたので紹介します。                   ブラジル人はやっぱどこか違うわ、というのが彼のコメントでした。

*機内でマスクを目にかける人。いいアイデアと思ってやっているんだろうか。それともやらせ?
*いくらなんでもこれはやりすぎかと。
*一方、これは何の意味があるんだろうか。マスクの機能を果たすとは思えませんが。
*これは排水管が詰まったときに使うあれですか?確かにアイデアではありますが、揺れに対してはさして効果はないような。
*冗談なのかマジなのか??
*買い物袋を口に当てても、、、

コロナが来る

ブラジルにももうとっくに来ているのですが、つい2週間ほど前まではどこかよその国の出来事でブラジルはあまり関係なし、ぐらいに思われていおりました。  私がインフルエンザに罹った2週間ほど前にはまだコロナの患者は2名とかで、もし自分がコロナに罹ったら3人目か、なんて考えていたものです。ところがその後、日に日に患者は増え続け、3月18日現在ブラジルでの感染者は428名、死者は4名となってしまいました。それでも日本に比べたらまだ半分以下ぐらいかも知れませんが、さすがにもうよその国の話、と言っているわけにもいかず、人が集まる公共の施設は当面閉鎖、民間の施設(映画館等)も自粛が奨励され、60歳以上の公務員は在宅勤務、且つなるべく外出しないように、などと州政府から指針が発信されております。                                   筆者が働く会社も17日から在宅勤務に切りかえ、客先もクローズするところが毎日のように発生しています。レストランも次々休業、そしてテニスコートもゴルフ場も閉鎖の情報が入ってきています。テニスやゴルフは屋外だし濃厚接触するようなところではないと思うのですが、単に右に倣え的に決めているようにも感じます。これからしばらく週末はどうして過ごせばよいのだ!これでは自宅軟禁と同じではないか!? そして昨日3月19日には、日本を含む欧州やアジア諸国からの入国制限も発令されました。GW(Golden Week)に一時帰国を計画していたのですが、これでは仮に日本には帰れたとしてもブラジルには帰ってこれなくなってしまうのだろうか。

なるべく外出は控えるように、そのための在宅勤務ではありますが、食料等購入しないわけにもいかず、時々街に出てみると明らかに人通りが少なくなっていると感じます。でもマスクする人はまだほとんどいません。買えないということもあるかも知れませんが、マスクは病院で使うもの、ということでしょうか、マスクなどしていたら返って奇異な目でみられるところもあります。日本だったら逆でしょうね。                                   マスクをしていなから、というわけでもないですが、これからブラジルでは爆発的蔓延するような気がします。そういう状態をオーバーシュートと言うらしいですが、ブラジルはこれから秋で乾季に向かい、きっとコロナウイルスの好む環境になって行くのだろうと思います。国中が濃厚接触してるようなシンガポールでさえもオーバーシュート現象をなんとか抑えているのは、湿気と暑さが無関係では無いような気がしています。もちろん個人的推測にすぎませんが。それとも徹底的に消毒しているのだろうか?シンガポールでは定期的に街中(国中)消毒薬を撒いて、蚊を含めて虫というものはほとんど見かけなかったもんな。                               

すわ、コロナ!?

日本から帰国して10日ほど経った日、体が妙にだるくなり、熱を測ったら39度!単なる風邪だろうと思うものの、日本から帰って10日ほどとはあまりにタイミングが良ろしく、例のコロナも否定できません。その日は月曜日でしたが、とにかく会社は休んで一晩様子を見ることにしました。39度も熱があると、さすがに何もやる気が起きず、ただ横になっているのみです。                  翌日になっても熱がほとんど下がらなかったので、会社のスタッフと相談して、病院で検査してもらうことに決めました。言葉の問題があるので、病院に行くにも一緒に行ってもらわねばなりません。でも万が一コロナだったら、移すことにもなりかねないので、同行は遠慮したかったのですが、そうも行きません。私はしっかりマスクをして、車のなかでは息を潜めて、極力距離を保ったまま、評判のよろしいOzwald Cruzというドイツ系の病院に参りました。

*Ozwaldo Cruz病院。なかなか立派な病院で、私の前任者もお世話になったとか。

しばらくすると、医師らしい女性から様子を尋ねられ、お決まりの体温、血圧なども測ってもらい、個室に移されて、検査員がくるまでそこで待つように言われました。同行の社員とそこの個室で濃密な接触になるのはまずかろうと、彼には外の待合室で待ってもらうことにしました。携帯がありますので、必要な時にはいつでも来てもらえますので問題ありません。                                   およそ1時間ほど待つと、検査器具を持った検査技師のような女性2人が現れ、コロナのチェックなのでしょう、鼻の奥まで綿棒のようなものを片側だけでも3回も挿入し、サンプルを採取して行きました。                   同行してくれた社員に、”今日結果がでますかね?” と聞くと、      ”結果が出るまで、帰してくれないと思いますよ”               ”そうですか。とにかく今日中に分かるならありがたいですね”          それから2時間以上も待たされたでしょうか、最初の医師が現れ、      ”血液検査の結果は問題なかったのですが、コロナの結果は明日まで出ません。サイトから見れるようになっていますので、もし陰性だったらなにもしなくてOKですが、もし陽性だったら再度来院お願いします。”                  今日中に結果が出ない、ということを確認するのに3時間近くも待たされたのか!? 少々腹が立ちましたが、仕方ありません。

翌日の夜になって、同僚がサイトからの情報を知らせてくれました。結果はインフルエンザ陽性。とにかくコロナ陽性ではなく一安心。その頃には熱もさがり、ほぼ平常時に戻った感があったのですが、それまであまり症状のなかった咳が結構出始めたのでした。

ところで、ブラジルではまだ新型コロナに罹ったひとは数人にとどまっており、街でマスクをした人を見るのは極めてまれですが、既にマスクが手に入りにくくなっています。それは中国人が買い占めて、本国に送っているからだという噂です。

イスタンブールー2

空港から約1時間ほどでイスタンブールの街へ。街というのはボスポラス海峡周辺の観光地のことです。朝8時ごろになってもまだ暗いのには少々意外でした。    さらに意外だったのは、寒かったことです。中東といえば暑いイメージしかないのですが、ギリシャやイタリア南部とほぼ同じ緯度にも拘わらず、早朝とはいえ東京より寒いくらいです。運転手は英語を全く分からないため、会話はあきらめて黙って連れていかれるままにしていると、あるカーペット屋の前に車を止めました。 店のなかから主人らしき人物が現われ、                 ”日本からですか?こんにちは。むこうに見えているのがブルーモスクです。案内しましょうか?” と日本語で話しかけてきました。「あー、またこれか!案内してチップをせしめて、その後店のカーペットを買え、と言ういつものパターンだろう!?」                                 ”いいえ、結構です。自分で行けますから” と断って、寒いなかをブルーモスクに一人で参りました。10分足らずで到着したのですが、どのゲートも閉まっており入れません。中は工事をしているようでもあったので、しばらく休館中か。    寒いこともあり、早々にあきらめて車のところに戻ると、カーペット屋の主人もいたので、〝閉まってたよ” というと、”朝早いからね” と一言。閉まっていると知っているなら最初からそう言えよ。案内するってのはいったいなんなんだ!  

*ブルーモスク。閉っていたのは、時間のせいか、工事中のためかはわかりません。

”近くにカフェみたいのない?” と聞くと、                                   ”どうぞ、店の中へ” と自分の店に案内しようとします。         ”いや、カーペットの店じゃなくて、温かいものなんかを食べられるカフェなんだけど”                                    ”私がお出ししますよ。どうぞこちらに座って・・・” このお誘いも気持ち悪いというか、顛末が見えているのでお断り。来るときに車中からカフェのようなものが見えた気がしたので、そちらを目指して寒さに耐えるかのように小走りで行ってみました。そこではなんとか温かい飲み物は買えたのですが、温かいであろうと思って一緒に注文したものがしっかり冷えていてがっかり。

*カーペット屋の前に止めた車。ベンツのワゴンです。右側に座っているのがカーペット屋の主人。
*近くのカフェ。メニューの写真を見てもなんだか分からなかったですが、表面が焦げて見えたので温かいものかと思いきや、良く冷えたお米のプリンでした。でも脇にあったヒーターを点けてくれたので温まることはできました。

もう空港に帰ろうかな、となかばあきらめつつ車に戻ると、運転手がカーペット屋を介して、”次どこに行きたいか”と聞いてくるので、空港の店でいくつか名前の挙がった観光地の一つ二つ言うと、”そこはまだ開いていない” ”そこは駐車場が無いので、お互いがはぐれてしまう”などと否定ばかり。「じゃ、行くところなんかないだろう。なんなんだあのセールスの案内は!?」 結局、その後ボスポラス海峡に架かる橋を徒歩で渡って、イスタンブールの雰囲気を味わって終わったのでした。これだったら4時間ほどとは言え、タクシーを借り切って観光する意味なし。空港からタクシーでボスポラス海峡を往復するのとなんら変わりないではないか。でも何事もなく、無事に帰れたので良しとするべきか。            残念ながら、あこがれていたイスタンブールの印象はいい加減なツアー会社のお陰でかなり低下してしまったのでした。

*Galata橋から釣り糸を垂れる人たち。小鯵がいっぱい釣れていました。月曜日だというのに、仕事がないのだろうか?それともこれから?奥に見えるやや高い建物がGalata塔で名所の一つです。

*橋の下にはちゃんと魚屋も。

イスタンブール-1

今は昔、「飛んでイスタンブール」なんて歌がありましたが(古い!庄野真代です)、イスタンブールというととてもエキゾチックな感じがして、いつかは行ってみたいと思っておりました。                        今回の一時帰国はイスタンブール経由。ブラジルは日本の真裏ですから、北米経由でもヨーロッパ経由でもほぼ同じ時間がかかります。前回はダラス経由だったので今回はヨーロッパ経由、というわけではなく、単に安かったのでトルコ航空にしただけのこと。安さの大きな理由は、帰りの便がイスタンブ―ルで8時間も乗り換え時間があること(不便ということ)。それならばと、その時間を利用して街に出てみる事にしました。                             イスタンブールに到着したのは朝の5:30.出国したのは6:30ごろでしたので、さすがにこの時間ではどこも開いていないだろうと、しばらく空港内で観光案内などを参考に行く先を検討することにしました。ボスポラス海峡を望む典型的なイスタンブールの景色を見て、どこかの寺院でも見学して、朝ご飯でも食べられれば十分と考えていたのですが、パンフレットには20カ所以上もの観光地を紹介してあって、一カ所二か所行くだけではもったいないかも、などと思い始めてきました。  ふと左側をみると、レンタカーやホテルの案内とともに、ツアー会社の窓口なども見えます。仕事で日本を訪れたのお客さんを、何度か”東京半日ツアー” なんかに案内したものですが、イスタンブールにも似たようなパッケージツアーのようなものがあるに違いないと考え、フラフラっととツアー会社の窓口に行ってみました。  そこの営業員は、私の出発の時間を確認するやいなや、”日本からですか。こんにちは!(地図を広げながら)ここと、こことここを廻って5時間のツアーで600トルコリラ(1万円ほど)。バスで行っても同じくらいの料金ですよ!高級車だし、帰り(出発)の時間が決まっているので、こちらの方が安心云々・・・”と一方的にまくしたてます。片道タクシーで街まで2,000円ぐらいと聞いていたので、4-5時間とは言え貸し切りだからそんなもんかなと考えていると、さらに  ”・・・・で120ユーロだったらお得ですよ” なんていつのまにか貨幣単位を変えて勧めてきました。                                   ”おいおい、さっき600リラって言っただろう。120ユーロ(15,000円ほど)とは全然ちがぞ!” と指摘すると、                     ”そうね、はい600リラでしたね” なんて臆面もなく修正。油断もスキもあったもんじゃありません。長旅でぼーとしていたら、簡単に騙されてしまうかも。    そんないい加減な業者ですから、やめておけば良かったのかも知れませんが、 ”トルコだからこんなもんだろう” などと鷹揚に解釈して、600リラで約4時間の市内観光へ。今考えてみれば、600リラを安く印象付けるためのツアー会社の作戦だったかも。

*ツアー会社の隣にあった荷物一時預かり所。新イスタンブール空港は巨大で豪華。成田空港なんてすごくみすぼらしく感じます。
*空港には日本のウイスキーコーナーもありました。単位はユーロになりますのでかなり高めです。これとは別にサントリー山崎も売ってましたが、90ユーロぐらいでした(1万円強)。

サン・セバスチャンでの海釣り

サンパウロからリオ・デ・ジャネイロ方面に車で2-3時間ほど行ったところに、サン・セバスチャンという港があります。港と言っても、ただ桟橋があるだけで、建物もないし、トイレもありません。1-2㎞離れた対岸には、イラベリャ島という、Googleマップでみると宮古島や石垣島よりやや大きいぐらいに見える島があり、その島との間が”漁場”となっています。船酔いが心配されたものの、行けるときに行っておこうと、今回初めてブラジルでの海釣り体験となりました。

荷物が多いので12人は楽に乗れる小型バスをチャーター。参加者は6人でしたので車内はゆったり。これから始まる釣りの話題も盛り上がります。その日の本命はイカ。明るいうちは餌釣りで普通の魚を狙い、本命のイカは夜釣りとなります。

 

*当日借りた釣り船。後ろに見えるのがイリャベラ島です。

”前座”と言ったところの餌釣りですが、カワハギが多くかかりました。ほかには太刀魚やフグ、その他名前の分からない雑魚など、初心者の私でも結構釣れました。 しかし、船に乗ってから食べたランチ(自分で用意したおにぎり)がいけなかったのか、船酔いの薬を飲んだにも拘わらず、しばらくしてから“撒き餌”をしてしまう事態に。通常一旦こうなると気持ち悪い状況がずっと続くのですが、その後は結構回復し、夕方には幹事のIさんが用意してくれた、シュハスコ(焼肉)やビール、そうめんをおいしくいただけたのでした。船にはちゃんと焼肉ができる道具が供えられられており、現地人の船頭さんが焼いて配ってくれました。なぜかそうめんがメチャおいしかったです。

*そうめんがおいしかった。上部の船首右側に載っている蓋が開いたバケツのようなものがシュハスコ(焼肉)を作るコンロ。炭を持ち込んて焼きます。
*大型の太刀魚。この参加者は太刀魚を狙って見事釣り上げましたので立派です。ただ太刀魚はイカを食べるので、太刀魚のいるところイカはいないと言われています。

さて日も沈み、メインイベントのイカ釣りの開始。イカの場合は餌釣りではありません。小さなエビのように見える疑似餌の先に針が数本”V字状状”に付いており、それを捕まえようとイカが足をつかって包み込んだところを、ひっかけて上げるといった感覚です。しばらくすると待望のイカがかかったものの、その後はサッパリ。 なんと6時間も頑張ったのに、そのイカが最初で最後でした。イカがいなかったのか?というと、なかには30匹も釣った人もいたのですから、そんなことは無かったと思います。使っている道具、疑似餌なども同じように見えましたし、船のなかでは場所は違えど、広い海からみれば同じ一点のはず。私のようにほとんど釣れなかった人もいたし、30匹の人も居たということは、腕の違いということでしょうか。

*集魚灯に集まった小魚。

翌日日曜日の朝5:30ごろになると夜が明けてきて、イカ釣りもそれまで。全員道具を撤収し、赤い太陽が東の海から上りつつあるなか、良く冷えたスイカを食べながらのサン・セバスチャン港への帰途は、戦いを終えて帰還するかのような安堵感が漂うのでした。私のように”敗戦”した者にとっては、そこにちょっぴりさみしさが加わりますが。             

*近くを通る大型のクルーザー。金持ちはどこにもおります。
*釣れたイカとカワハギの皮をむいたところ。刺身としていただきました。どちらも美味です。高いイカ刺しですが。

与喜食品スキャンダル

先月Yoki(与喜)ブランドのPao de Queijo(チーズパン)の紹介をさせていただきましたが、今やYoki Alimentos(与喜食品)はブラジルでは知らない人はいないくらいの大手食品会社です。それだけに2012年5月与喜食品創業者の長男バラバラ殺人事件も、ブラジル人なら誰もが知っている大事件です。          その長男の名前はマルコス・マツナガ氏。当時与喜食品の取締役を務めておりました。1歳の娘が居たということですから、まだ30代であったと思われます。    事件の発端は、マルコス氏の浮気なんですが、なんでも高級車を浮気相手にプレゼントしたことが発覚し、あるレストランで食事中に奥さん(エリゼ・マツナガ)と激しい口論となりました。しかしレストランであったこともあり、一旦は収まり一緒にいた1歳の娘と乳母とともに一旦は自宅に帰ったそうです。しかし、自宅に帰ってからまた再燃。激昂した奥さんはピストルでマルコス氏の頭を撃ちぬいて即死させてしまいます。                             マルコス氏は銃砲のコレクションを趣味としており、家には40丁の銃と1000発を超える実弾があったそうです。皮肉なことにそのピストルは、以前自分で奥さんにプレゼントしたものであったそうです。                   エリゼ(奥さん)はその後誰も居ないメイド部屋で、マルコスの体を包丁を使ってバラバラに切り分け、それをビニール袋に詰め、スーツケースに入れて人里離れた郊外に運んで、捨ててきたそうです。

*Yoki食品の製品。

バラバラになった死体はすぐに発見され、犯人捜しが始まりましたが、このバラバラの仕方があまりに見事だったので、鑑識官は解剖学などに明るい人物の犯行ではないかと目星をつけたそうです。実はこのエリゼは看護師の資格をもっていました。しかしマルコス氏と出会った2004年のころは娼婦であったとも報道されています。看護師がなぜ娼婦をしていたのかちょっと理解に苦しみますが、解剖学の専門家ではないものの、看護師ですからある程度人間の体については詳しかったに違いありません。                              当初彼女は犯行を否認していましたが、エレベーターのカメラに(バラバラの死体を詰めたであろう)大型のスーツケース3個を運びだすところが映っていたこともあり、まもなく全面的に自供。ブラジルでは死刑はないので、無期懲役となり一生刑務所暮らしということです。                       ちなみに浮気相手も娼婦だったようで、”なんでそんな大金持ちが娼婦なんかに!?”とはポルトガル語の先生のコメントでした。また、”ラテン系はみんなそう!”(激情型)とも。言い方を変えると情熱的?              何も殺さなくとも、とは思いますが、ブラジルではマルコス氏も自業自得、という見方も多いとか。

*エリゼ容疑者。確かに美人ではあるけど、そう思ってみるせいか怖い感じもあり。

エアコン設置

インドでは酷暑期間も長く、エアコン無しの生活は考えられなかったですが、ここサンパウロではエアコン無しで過ごす人も少なくありません。それだけ気候が良い証拠です。夏は最高35度ぐらいになりますが、標高が高い上(800mほど)割と乾燥しているので、夜は25度以下に下がり、2月上旬の今は夏の真っ盛りですが、熱帯夜というのはほとんどありません。                    私の前任者は5年間もサンパウロに居たのですが、大家さんがエアコンを入れてもいい(費用も負担してもらえる)と言われていたにも拘わらず、エアコン無しで通しました。インドから見れば、こちらの暑さなどというのは可愛いもので、私もエアコンは要らないと考えていたのですが、1月中旬に少々蒸し暑い日が続き、夕方西日も入って汗ばむ日も多くなったので、思い切ってエアコンを入れる事に決めました。                                   以前と同じように、大家さんが費用を負担してくれるか確認したところ、   ”半分とか一部を負担してくれないか?” と言ってきました。        ”では、納入費用をこちらで負担するか、もしくは3台必要なところを2台にすることでどうか?” というこちらからの逆提案。アパートは日本で言う2LDKです。その後業者に下見してもらったところ、技術的に3台は置けない(室外機を置くスペースがない)、ということなので                     ”2台で我慢するから全費用を負担してください” という案で大家さんも合意。 ダイキンのエアコン2台で、納入費入れてR$6,500-(170,000円ほど)。2台といっても結構大型なので、なかなかリーズナブルな価格と思います。ダイキンだけどきっとブラジル製でしょう。

しかし、導入を決めたとたんに秋のような陽気になってしまい、最高でも30度を超える日はほとんど無くなってしまいました。家電製品や携帯など、買い替えると決めたとたんに故障する、なんてことがよくあることですが、いずれまた暑い夏は戻ってくることを”期待”するしかありません。むしろ、冬が結構寒くて、冬にこそエアコンが必要なのかも。

1月29日が納品日と決まりました。ダイキンの代理店は山田さんという日系3世。20年ほど前に日本で働いていたことがある会社のスタッフの知り合いで、日本のソニー岡崎で一緒に働いていたそうです。                  ”納入工事は10時過ぎごろからになると思います” と言われたのですが、なんとその通り納入作業員4人と電気工事業者1人がちゃんと10:30に来てくれました。さすが!インドとは大違いです。                        私のアパートはやや古いせいか(20年ぐらい前のもの)エアコン用の穴と220Vの電源がなかったため、ドリルでの穴あけや電源工事なんかで一日仕事になってしまいました。 予想はしていたものの、壁に穴を開ける際に出たコンクリートの粉が部屋に散らばってしまい、後始末が結構大変でしたが、まあこれでいつ暑くなっても寒くなっても安心です。しかし、今日2月3日も外は雨、最高気温はたったの23度。まだ一度もエアコンを使っていません。  

*左の人はエアコン屋(山田さんの会社の人)で右側が電気工事屋さん。配電盤から壁の裏と天井裏を通して220Vを引いてくる作業は大変でした。でもさすがにプロ、特殊な道具を使ってなんとかやり遂げました。(部屋の中を使って配線するのは簡単ですけど)
*室外機の設置作業。彼らは日系人ではありません。
*無事設置完了。やはりダイキンだけどブラジル製でした。もちろん動作には何の問題もありません。

 

Pao de Queijo

Pao de Queijo(パォン・デ・ケイジョ)とは、チーズパンのことなんですが、最初のPaoは、、日本語の「パン」の元と言われているポルトガル語です。    ブラジルではこのPao de Queijoがほぼどのベーカリーでも、あるいは朝早くから営業しているカフェなんかでも売っており、近くを通るとチーズの香ばしい匂いが漂ってきて、食欲をそそります。                     ベーカリーで買うと結構高くて、ゴルフボールとテニスボールの中間ぐらいの大きさで5ヘヤイス(135円)ぐらいします。独特のモチモチ感とチーズの味が絶妙と思いますが、普通のパンのように小麦粉が原料かと思いきや、Mandioka(マンジオカ。キャッサバの方が一般的かも。あるいはタピオカ。今日本で流行ってる?)という芋類の仲間が原料であること最近知りました。要はマンジオカ芋のでんぷんを原料にしているわけです。                         その原料にチーズなどをブレンドしてPao de Queijoが手軽に作れる商品が売っており、それを使えば家でも手軽作れとのこと。               

早速試してみようと、近くのスーパーに行ってみると、あるあるいっぱい置いてありました。”これか・・”とPao de Queijoの写真が貼ってあるので、なんの疑いもせずに購入。そもそも書いていることがわからないのですから、写真のみで判断。ところがそれはMandiokaの粉そのもので、Pao de Queijo用にブレンドしたものではないことが作ってみてわかりました。粉を練り始めて、なんかおかしいなとは思いましたが、元に戻すわけにもいきません。結果、ちょうど片栗粉を水で練って焼いたもの、という感じです。食べられなくもないけど、とても食べる気にならないものとなってしまいました。

*袋に印刷してある写真はPao de Queijoそのものです。なんの疑いもなく”これに違いない” と買ってしまいました。もちろんこれはまがい物、というわけではなくて、チーズと+アルファを加えれば写真のようなPao de Queijoになるはずです。
*結果はパンとはほど遠いものに。片栗粉をこねて焼いたようなものですから、食べられないものではありませんが、とてもそんな気になりません。

教えてもらった正しいブランド名は、「与喜(Yoki)」というもので、その名の通り日本人が始めた会社です。出身は沖縄の人か?いまやどこのスーパーでも売ってないところはないくらいに普及していて、Pastel da Mariaのように成功した日系人の一例、ということになります。                      今度はちゃんとYokiの名前の入ったPao de Queijo用の材料を買いなおし、再度挑戦。さすがによくできており、いとも簡単にPao de Queijoが出来上がりました。お味の方も、まあまあ。店で売っているものよりあっさりとしており、食事にするには飽きがこなくていいかも知れません。

*こちらが正しいYokiのパッケージでした。卵2個と水100㏄を加えて練って、ゴルフボールぐらいの団子状にしてオーブンで焼くするだけです。
*焼きあがったところ。表面の艶がいまいちですが、中はモチモチのチーズ味。これは日本にはないと思います。