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AAで日本に一時帰国

会社では年に2回、10月と2月に各地の現地法人の代表者を集めて会議を開催します。東京ミーティングと呼んでいますが、私の場合は10月1日に赴任したので、3週間もしないうちに日本に帰るという、やや厳しいスケジュールになってしまいました。なにせ飛行機に乗っているだけで24時間以上もかかりますので、日本に帰れるのはうれしいけれど、移動の大変さを考えたら少々気が重くなります。     サンパウロから東京への直行便はなく、USAのどこかで乗り継ぎに3時間ぐらい、プラス自宅からサンパウロ空港への道のりと成田から自宅まで合計4時間以上もかかり、その上空港へは出発の2時間ほど前に着かなければならないので、合計すると軽く30時間を超えます。そして時差が12時間あるので、たっぷる2日間も”消費した” ような感覚になります。                      ま、そーは言っても10月の日本は最高ですから、着いたとたんにそれまでの”苦行” は、まいーか、となってしまうのでした。

今回初めてAA(アメリカンエアー)を使いました。こちらはOne WorldでJALとのコードシェアー便です。これまではスターアライアンス系(ANAなど)を使うことが多かったのですが、単にAAが安かったのでそちらにしただけです。サンパウロからダラス経由でしたので、米国に一旦は入国した形になるものの、荷物を取り出す必要もなく成田に向かいました。これが他の空港、例えばシカゴとかニューヨーク経由なんかだと荷物を一旦受け取らないといけなくなるようです。まだその辺のシステムの違いがよくわかっておりませんが。

東京での会議のことは省略して、日本からの帰りは日常業務でお世話になっているUSA法人にご挨拶しておこう、ということで事務所があるボストン経由にしました。成田からボストンまでは直行便があり、AAをまったく感じさせないJALそのものでした。 JALは一度は死んだ状態になりましたが、最近は評判が良いようなので、その辺も少々興味があるところです。                  成田は夕方6時ごろ発でしたので、既に日本時間に慣れた体には夕食時間にちょうどいいタイミングです。ANAよりはいいよ、という評判の機内食はいかに?

 *これは私が食べたその日の機内食そのものではないですが、似たような感じです。ANAとくらべてどちらが良いとも言えませんが、往路でお世話になったAAよりははるかに良いように思います。でもAAはビール、ワインはたっぷりと出してくれました。まずは”量”なのか、単に大雑把だけなのか?

日本とボストンとは10時間ぐらいの時差がありますので、到着は出発と同じ日の夕方5時ごろ。到着前には2回目の食事、というか軽食が出たのですが、それがなんと”吉野家の牛丼”でした。”エアー吉野家” というブランドで、吉野家と提携しているみたいです。これはANAにはなかったです。さしてお腹も空いていなかったし、その日はUSA法人のスタッフと食事をすることにもなっていたので、一口だけ食べてみました。適度にあたためられており、100%吉野家そのものです。   どこの航空会社だったか、日清のカップヌードルを出すところもありましたが、機内でこういった庶民に定着した食べ物を出すのが受けているのかも知れません。 おにぎりとかコンビニ弁当とかにしたら、受けるだろうか。          航空会社としては準備は楽でしょうね。

ポルキロランチ

普段ランチは近くのレストランで済ませます。インドのように”お弁当” をもってくる人はいません。家が近くの人はお昼を食べに家に帰る人もいます。          またブラジルではランチ用カードというものがあって、会社はその支給を義務つけられています。一日38レアル分(1,000円弱ほど)で、月に22日分が支給されますが、20%(200円ほど)は個人負担することになっています。だったら最初から80%の30レアルほどにすれば良いと思うのですが、あまり高額にならないようにとか、なにか理由があるのでしょう。食事の後、クレジットカードと同じように使います。安めのレストランに行くと30レアルもかかりませんので、余った分は日用品の購入にも使えるとか。もちろんすべての店で使えるわけではありませんが。

* ALELOカード(食事カード)。暗唱番号もあり、クレジットカードとほぼ使い方は同じです。ALELOという会社が発行していて、働いている会社から毎月自動的に決められた金額が加算されるようになっています。

ランチタイムにやっている多くのレストランでは、ビュッフェスタイルのセルフサービス形式で、値段は”Por Kilo” といって、重さで料金が決まります。英語で言うと”Per Kilo”ということです。肉も魚も野菜もごはんも、あるいはデザートもそれぞれの価格はなく、すべて同じものとして全体の重さに従って支払います。 ”牛肉とご飯が同じ値段?” などと日本人ならば考えたりしますが、ブラジルでは肉類は安いし、計算も簡単になるので、合理的なシステムかもしれません。

* 好きなものを取って、重さをはかってもらって料金が決まります。これはパスタですが、20レアル(520円ぐらい)だったと思います。この日は少々軽め。
*こちらは典型的なブラジル料理というかランチメニュー。ごはんに豆の煮物をかけて、牛肉と野菜を添えて、25レアル(650円)ぐらい。これは私が選んだメニューですが、ちょっと量が多すぎでした。反対側は女性ですが、同じような量をペロッと食べてしまいます。そのせいかどうか、太った人は実に多いです。

現在の為替相場だとランチの料金は500円ぐらいから1,000円ぐらいまでと、ほぼ日本の価格に近いです。                          ところが日本食レストランに行くととたんに価格が跳ね上がり1.5倍から2倍になってしまいます。以下の写真は”沖縄” という店で食べたカツカレーですが、なんと1,400円もします。お寿司など食べようものなら2,000円以上は軽く行ってしまいます。でも結構地元に人は食べてたな。もちろんこちらはポロキロ料金ではありません。

*久しぶりにカレーが食べたいと思って、しかもブラジルだからとカツカレーにしてみましたが、とても食べきれる量ではありません。半分でも多いくらいです。こんなのペロッと食べられた頃がなつかしい。。。

スライステニスクラブ

苦労して購入したテニスシューズを履いて、いざテニスへ。そこは”スライステニスクラブ”という名前で、サンパウロ中心地から西に25Kmほど行ったところにあります。もちろん車無しでは行けませんが、私は車も運転免許もありませんので、近くに住むMさんの車に同乗させていただくことになります。Mさんは私のアパートの前でばったり出会った人なのですが、彼の家は本当に近くて、歩いて一分です。トヨタカローラですが、ブラジル製で日本のカローラに比べるとやや大きめな感じがします。                              防弾車ですので、ドアは重く、後ろの窓は開きません。窓は防弾ガラス、ドアには鋼鉄の板がはめ込まれており、防弾車にするには車両価格に100万円ほどの追加工事が必要なんだそうです。防弾ガラスは軽くコンコンと手でたたくとすぐわかります。でも同じ場所に3発当たったら耐え切れないそうですが、ピストルならそんなことはあり得ないでしょう。マシンガンを使われたら分かりませんが。

同じ地区には車を持たない(運転しない)おばさんプレーヤーも複数人居りますので、彼女たちもピックアップしていざスライステニスクラブへ。彼女たちは車に同乗させてもらうお礼も兼ねてでしょうか、ランチを用意してくれることになっています。11時ごろ出発すると12時ごろ到着するので、まず現地でランチをしてからテニスということになりますが、そのランチにみんなそれぞれ甘いものや、果物なども持ち寄るのでとても豪華なランチになります。毎週押さえているテニスコートは一面だけですが、屋根付きのため仮に雨であっても問題なくプレーができるし、BBQができる設備まで付いています。BBQの設備は、このグループの要望によって作ってもらったそうです。もちろん費用は自分たちで負担したそうですが。

*この日は土鍋で豚汁だったでしょうか。ひじきの煮物、おにぎり、漬物、カボチャの煮物、紅白の大福もちなどなどがならび7-8人でも食べきれません。残りはみんなで分け合って持ち帰ります。奥の方に見える四角いレンガ作りがBBQ用の設備です。その右側が流し。クリスマスには”特別牛肉” ここで焼いて忘年会とするそうです。

*ネットにピントが合ってしまいましたが、”全天候型”のコート。屋根付きですが、サイドは開いているので、風は通ります。日本ではこのようなコートは見たことがありません。

*我々のコートは右上のドームのコートになります。

前任者のM氏はこのサークルにほぼ皆勤賞だったそうで、さぞかし楽しい会であったであろうことが伺われます。なかには80歳のおじいさんのNさんという方も居て、それがとても80歳とはとても思えないテニスをされるのにはびっくりしました。髪の毛も色こそ白いものの量的には若い人とまったく変わらず、自分も将来はかくありたいと思いました。でもよく話を聞くと、人知れず努力してるんですよね、若さを保つために。

ポルトガル語の学習

テニスシューズを買うのにも苦労したからというわけではありませんが、ブラジルにいるのならある程度のポルトガル語の知識は必須に思われます。それは赴任する前から覚悟というか予想はしておりました。前任者のM氏は親切にもポルトガル語の教本や辞書を2-3冊置いてってくれて、挨拶の仕方や、値段の聞き方、数の数え方などが書いてありますが、これらを力ずくで覚えれば良いのだろうか?まあそれでも乗り切れるとは思いますが、何事も基礎が大切と思われ、どこかで基本文法とか”決まり”だけでも習っておいた方が近道ではなかろうかと考え、だれか適当な先生を探すことにしました。かといって、会社のなかの誰かに習う、というのは立場上あまり好ましからぬと思われ、社内のOさんにもらった月刊ミニコミ誌”Pindorama 10月号”をパラパラ見ていると、最後のページに”Classificados” すなわち英語のClassified(広告欄)に一つだけ     ”ポルトガル語教えます。ノリコ” というのがありました。その先生が良いのか悪いのかという問題もありますが、私にそんな判断ができるはずもなく、また”授業料”もどこも似たようなものだろうと考えて、早速メールをしてみました。

*Pindorama(ピンドラーマ)とは先住民のことばで”ヤシの国”という意味だそうです。この手のミニコミ誌はどこの国でもありますね。

すぐに返事が返ってきて、冒頭には ”ではこれから頑張って日本語で書きます” とあります。ノリコとは日本人女性の名前ですが、どうも日系ブラジル人のようです。 生活に必要な基本だけでいいので、 とこちらの趣旨を説明し、     ”では早速今週の土曜日からお願いできますか?”               ”了解しました。では夕方4時から1時間30分ほどということで。ただ、家の前には3つほどテントがあって、ホームレスが住んでいるんですが、彼らはいまやAmigo(お友達)なので、心配しないでください”                  教室は自宅から3つ先の駅Sao Joaquimで、日本人街のLiberdadeの一部と言えるところでした。                              ノリコさんは年のころ50歳ぐらいのおばちゃん(失礼!)で、バブル絶頂期のころ日本の都立大学で勉強していたそうです。 恐らく3世でしょうから、その時本格的に日本語を勉強したものと思われます。会話はほぼネイティブですが、書くとなると結構大変ということなのでしょう。                   初日はほとんど雑談というかお互いの自己紹介などで過ぎてしまいましたが、”60の手習い” 果たしてどこまで学習効果が期待できるものかは。

 ちなみにノリコさんによると、その頃の日本はバブルに沸いていてすごかった、そうです。日本にいた私が他人事のように言うのも変かも知れませんが、そのころは名古屋にいて、会社もバブルの恩恵などまるでなく、そんな雰囲気はほとんど感じなかったです。でも名古屋でも多くの外国人が日本を訪れていて、日本語を勉強したり出稼ぎに来ていたのは確かにありました。

Liberdade(日本人街)

ブラジルには150万人を超える日系人が住んでいます。そのほとんどは戦前から戦後にかけてブラジルで一旗揚げようと移民として渡航した人々の子孫で、いまや4世、5世となっています。2世も普通に街で見かけますが、もうお爺ちゃん、おばあちゃんです。でもその辺まではふつうに日本語を話しますが、3世以降では話せる人は少なく、流暢に話せる人の多くは日本に留学したことがあったり、働いたことがある人達のようです。

ブラジルは日本以外で最大の日本人コミュニティーがある国ということで、サンパウロには日本人街もあります。そこはLiberdade(リベルダージ)という地区で、サンパウロの中心からやや南に位置し、東京で言えば新橋とか、あるいは新宿を都心と考えると渋谷と言ったところでしょうか。Liberdadeの駅を降りて下って行くと鳥居があり、街灯も日本風です。その一帯には日本のものがほぼなんでもあります。醤油、みそ、豆腐、納豆、こんにゃくなどはもちろん、タケノコ、ゴボウ、糠漬けの糠さえも売っています。またラーメン屋、和食レストラン、総菜屋、和菓子店などなど。インドであったら良いなと何度思ったか分からない”コンビニ弁当”などもあり、またそこで働く人たちも日本語がわかるので、ポルトガル語に苦労している私などは、やはり足が向いてしまいます。自宅からは地下鉄で4駅ほどと近いので、週末時間のある時には買い出し兼ねてランチ、なんて言うのが最初の頃の土曜日の定番のようになっていました。ちょっと侘しいですが。

*Liberdare駅を出ると、いきなりお城のような建物があります。そのあたりには屋台風の小さな店で、日本の小物やお土産などの店でいっぱいです。

*観光地化しており、現地人も多く、通りは狭い上に車も通るので、歩きにくいです。スリにも気を付けなければなりません。

*コンビニではないですが、おにぎりや弁当類もたっぷり。

*日本の食材。お茶つけの素とかふりかけ類。

*日本のスーパーとぼぼ変わらないですが、ちょと狭いです。

*タコ焼き屋がありました。餃子も売ってます。店で働いているのはもちろん日系2世か3世でしょう。GUIOZAはポルトガルの発音で“ギョウザ”に一番近い表記と思われます。5個で7レアルとは180円ほどです。たこ焼きはその倍の値段。1パック10個ほどだったと思います。

Feira(フェイラ)

フェイラとは”市場(いちば)”のことです。前任者のM氏より”フェーラに行けば魚も肉もたいていのものは買えますよ” と聞いていたので、今回も日本語が堪能なO氏にフェーラについて聞いてみました。                           ”わかりました。日曜日の朝、会社の近くのフェーラが大きくて良いと思います。多分Mさんもここのことを言っていたとおもいます”                   ”では場所を教えていただけますか?”                       ”会社への途中駅にあるPraca da Arvoreという駅の近くです。私も一緒に行って案内しますよ”                                     ”いやいや場所さえ教えてもらえれば、一人で行けますから”             ”でもまあ、そこは私の家から歩いて行けるし、私もなにか買うかもしれないので、気にしないでください”                               ”そうですか、じゃお願いします”                         ”はい。では日曜日の朝7:00駅で待ち合わせましょう”

その市場はPraca da Arvoreの駅から歩いて5分ほどのところにあり、通りいっぱいに野菜、魚、肉、果物、チーズや日用品などの店がぎっしり並んでいました。入口にはなにやら揚げ物屋があります。どうもそこで朝食を取る人が多いように見えましたが、その時はそれがブラジルでは有名なストリートフード、Pastel(パステウ)だとは知らず、その日の主な目的である魚屋を目指しました。

*このあたりから魚屋の露店が数件続きます。この先に八百屋、果物やなどがありました。

*左側は刺身のセットです。マグロ、サーモン、のセットで1パック1000円ぐらいでした。右側はマグロの赤身と白身魚(種類は?)。ポルトガル系の人であっても店の人はある程度日本語がわかります。

その日はせっかくだからと刺身にパックと鮭の切り身とイカを少々買いましたが、イカを買うときには日本語で ”中、きれいにする?しない?(ワタを抜く?抜かない?” と聞かれちょっと驚きました。それだけ日本人の客が多いということでしょう。確かに行きかう客は日系人っぽい人が多かったです。                      下の写真はその日かった刺身のパックですが、あまりに量が多く、4回分に分けて食べた次第です。個人的にはそれほど刺身にこだわりはないのですが、たまたま立ち止まった店とやり取りしているうちに何となく買う羽目になってしまったのでした。ごく普通のマグロの赤身とサーモンの刺身ですが、インドではまず手に入らないものなので、それなりの感慨が感じられたのでした。     

テニスシューズを買うにも一苦労

前任者のM氏のお陰で、サンパウロでのM氏の知り合いも”引き継ぐ”ことができました。M氏は、休日はテニスにいそしんでいたようで、日本人のテニスサークル(現地の日本人=永住者も含む)に後任者としてそのまま仲間に入れてもらうことに。早速メンバーの一人からメールをいただき、”今週末参加されますか?” と聞かれたので、      ”参加はしたいのですが、ラケットも無いし、、、” と言うと、          ”私使ってないのが一本ありますから、よかったらどうぞ” と親切なご提案。     ”では、お言葉に甘えて” ということで早速参加することになりました。でも、テニスシューズもありません。なんでもあるサンパウロ、どこでも買えるだろう、と翌日会社の帰りにでも買おうと気軽に考えておりました。                   ところが、いざ通りすがりの靴屋に寄ってみたのですが、まったく言葉が通じません。 ”だから、テニス用シューズですよ” とアクションも交えて説明しながら、ショーウインドーに置いてあるそれらしき靴を指して、”あれはテニスシューズではないのか?” と聞いても、なんかプロトガル語で言いながら首を横に振るばかりです。         結局、どうもテニスシューズは置いてないらしい、と理解してその店は退散。 

翌日会社にて、顛末を話すと、”ブラジルではカジュアルシューズのことをテニスというんですよ。だから「テニスシューズ」といったら「シューズシューズ」と言っているようなものですから「テニスをするためのシューズ=Tennis para jogar tennis」 と言わなければ正確には通じないですね。きっとその店の人は分かったと思いますけど、テニスシューズは置いてなかったんでしょう”                      はあ!?・・・テニスとはブラジルではカジュアルシューズの意味ですか? きっと店の人も一生懸命説明してくれたのだろうと思いますが、私もポルトガル語はサッパリなので、当たり前ですが言葉が全く通じないというのは不便なものです。

そして翌日、テニスシューズを売っていそうな店にを教えてもらってめでたくアシックスのシューズを買うことができました。もっともどうせ”草”テニスですから、ちゃんとしたテニスシューズで無くてもいいんですけどね。

そして帰宅途中、自分のアパートに差し掛かったあたりで、前から歩いてきた日本人らしき人から                                    ” XX=私の名前 さんですか?” と私に話しかけるではないですか!?       一瞬なにが起こったのか理解できず、少々の間をおいてから、            ”えー!な、なんで知ってるんですか?”                      ”あ、やっぱり。Mさんから写真を見せてもらっていたので。私は〇川と言います”   ”そうでしたか”                                 ”私の家もすぐそこなんですよ。歩いて一分。今週のテニス参加されますよね?”    ”はい、そのつもりです。よろしくお願いします”                  ”じゃ、日曜日の10:50分に私のアパートの入り口で待ち合わせましょう。シルバーのカローラに乗って出てきますから”                         右も左も分からない地球の反対側でいきなり自分の名前を呼ばれるとは夢にも思いませんでした。

アパートへ入居

アパートはホテルから極めて近く、歩いて3分ほどのところにありました。場所的には市の中心部を走るパウリスタ大通りのすぐ近くですから、東京で言えば銀座か渋谷あたりにあるようなものです。 19階建ての15階。でも各階の天井が高いので、日本のマンションの感覚でいうと20階ぐらいの高さに見えます。インターコンチネンタルホテルのように建物は細長く(細くて高い)ブラジルの建物って大丈夫か?と思われるのですが、地震がないとのことですので、きっと問題ないでしょう。 前任者のM氏は綺麗好きと見えて、掃除が行き届いており、また整理しておいてくれて、ある程度掃除や整理をしないかと覚悟していたのですが、その必要は全くなく、助かりました。              スーツケースの荷物(ほとんど衣類)を早々に片付けて早速日曜品の買出しに行くことになりました。その日は会社のアドミスタッフが付き合ってくれて、近くのスーパーで、お米、野菜、果物などの食料を購入。人間、生きてゆくだけなら多くのものは必要ないですね。電気やガスが使えるアパートがあって、着るものもある程度あって、そこに食料が加われば十分です。

*このアパートの15階になります。1フロアー4件のアパートと思います。

ところで、ブラジルには日系人が多く、付き合ってくれたスタッフも日系3世で日本語をほぼ完ぺきに話します。ただ、日系人だからと言ってみんな日本語が話せるわけではありません。2世までならともかく、3世ともなるとポルトガル語のみ、という人も少なくありません。この辺はまた改めて触れることになると思います。             会社へは車で30分足らずということなので、翌日(10月1日)から出社の予定にしていましたが、せっかくだから顔だけ出してみようということになり、ちょこっとご挨拶。  女性社員が3人と2人ほどの男性社員が居ただけですが、とりあえずは初顔合わせは終了。やや緊張の場面ではありますが、買い物のついでに寄ったカジュアルな訪問でお互い良かったかも。

そして会社から帰ってアパートに着く直前に、前から歩いてきた日本人らしき人から ” XX=私の名前 さんですか?” と私に話しかけるではないですか!?       一瞬なにが起こったのか理解できず、少々の間をおいて、            ”えー!な、なんで知ってるんですか?”                      ”あ、やっぱり。Mさんから写真を見せてもらっていたので”             ”そうでしたか”                                 ”私の家はすぐそこなんですよ。歩いて一分。今週のテニス参加されますよね?”    ”はい、そのつもりです。よろしくお願いします”                  ”じゃ、土曜日の10:50分に私のアパートの入り口で待ち合わせましょう”      着いたばかりの地球の反対側でいきなり自分の名前を呼ばれるとは思いませんでした。ちなみにこのアパートでは、指紋を読み込んで第一のゲートが開き、その後常駐している警備員に顔を確認されて第二のゲートを開けてもらい、アパートの敷地に入ることができます。そして最後に部屋の鍵を開けます。さすがにサンパウロというか治安に問題ありのブラジルであります。

インターコンチネンタルホテル

 サンパウロでのアパートは、前任者のところにそのまま入居するということが決まっていたので、アパートを探す必要もないし、必要なものはすべて揃っているということでとっても楽でした。そうは言っても到着は夜でもあり、いきなり住んだこともないアパートに夜から入居するというのも大変なので、一泊だけホテルを取ってもらいました。予約してくれたのはインターコンチネンタルホテルという、少し前に安部首相も泊まったという高級ホテル。身分不相応ですが、たまにはいいか。インドではアパートを引き払ったあとは、一か月ほどバジェットホテルに住んでいたんだし。 バジェットホテルと言ってもインドでは極普通のホテルで、まあまあきれいで、お湯が出なかったこともないし、部屋の広さは日本のビジネスホテルよりはずっと広いです。ただ、食事がインド料理中心で、せいぜいパスタとか中華系の料理がある程度でした。その辺は事前に予想できたので、味噌汁を作れる材料(味噌とわかめとだしの素)を確保して、飲んだ翌日などに部屋で味噌汁を作ったりしておりました。お湯は沸かせますので。 侘しいことこの上ないけれど、たまに飲む味噌汁の味は、日本人としてはホッとするものです。  

*やけに細長くて、さほど高級感を感じさせない、”ちょっと良い目のホテル”というところでしょうか。お値段も2万円ほどですから、シンガポールなどに比べたら割安かもしれません。

*前の晩に撮ったホテルからの夜景。

サンパウロ空港に迎えに来てくれたブラジル法人のスタッフによると、このインターコンチネンタルホテルは朝ごはんに和食もあるとのこと。インドのホテルに続き、ビジネスとは言え、エアーフランスですから、長いこと和食に遠ざかっていたため、翌日の朝食では迷わず和食を選択。日本の朝の定番メニューが並び、ごはんそのものもジャポニカ米です。ご飯茶碗も小さめではありましたが、10年ぶりくらいにご飯のお代わりをした次第です。                                      インドの食事は、基本的にカレーですからそれはそれでいいのですが、一番のネックは魚がほとんど食べられないことです(ニューデリー周辺)。前任者のM氏によると、サンパウロでは普通に魚が手に入るということで楽しみです。なにせ、インド駐在中は、日本で生魚を買って、塩をして、冷凍して持ち込んだものです。日本を出るときに冷凍したものは、ニューデリーに着くころにはほぼ解凍状態になり、即それを再度冷凍して使う、などということを4年もしていたのです。多くの日本人は同じようにしていたと思います。別に魚をたべないと生きてゆけないわけではないですが、さすがに鳥肉と羊の肉ばかりでは耐え難く。 そしてあらゆる食材が揃うといわれるサンパウロに期待も膨らむのでした。

*サンパウロ初日の朝食。日本人の客も結構いましたが、洋食を食べている人が多かったな、どちらでもいいですけど。

いざサンパウロへ

新たな赴任地に向かう時にはビジネスクラスでの渡航が認められています。エコノミーと比べてほぼ3倍の値段ですから、インド法人の懐具合を考えると、自分自身としてはエコノミーでも良かったのですが、会社の体面というのもあります。その辺の感覚は現地人には良くわからないらしく、ビザの修正に大活躍してくれた例のアドミスタッフも明らかに “エコノミーで行ってくれないかな” という顔をしています。              ドバイ経由のEmiratesのビジネスでINR390,000-(624,000円)ほどでしたが、私もややためらいつつもそれを指定すると、しばらくしてから、“AF(エアーフランス)だとINR100,000-ほど安いのがありました。ちょっと飛行時間が長くなりますが、到着予定はほとんど同じです” とうれしそうに提案してきました。 もちろん私に反対の理由はありません。Emiratesは中東で何度も使ったことがありますが、AFはこれまでないし、憧れのおフランスでざーますから即OK。 これだとエコノミーの約2倍の値段。ビジネスクラスはスペースも約2倍強ほど占めているわけだから、2倍ぐらいだとまあまあリーズナブルと言えるかもしれません。                                    夜便だったので、フルフラットで寝れるビジネスクラスはとても楽ではありましたが、あんなにいろいろ出されても、時差もあるし、半分も食べられません。好きなものを好きなだけ食べられるビュッフェスタイルだったらいいんだけど。 もったいない、なんて思うのはエコノミーに慣れている私だけでしょうか。                            パリでの乗り継ぎは3時間ほどの待ち時間。インドからのお土産など何もないので、パリの空港でちょっとしたものを買って、用を足しに。さすがにきれいです。(でもインドも空港はかなりきれいではあります) しかし、(インドで普通はない)トイレットペーパーはあってもウォッシュレットでもないし、手動ウォッシュレットもありません。手動とは言え、ウォッシュレットになれている私の体はかなりガッカリ。トイレットペーパーにトイレの水含ませて使おうかと思うぐらいでしたが、さすがにそこまでははばかられ、今は昔となった方法でフィニッシュ。うーん、やっぱインドのトイレの方が快適かも。