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白い恋人

日本に一時帰国するにあたって、日本からのお土産をどうするか、については前任者からも承っておりました。それはズバリ「白い恋人」です。そうですあの何の変哲もないようなクリームを挟んだクッキー。典型的おみやげです。       個人的には、食べたことがあるような無いようなですが、宣伝用のあのメロディーが妙に耳に残ってます。♬しろーいこいびとーー♬               日本にはもっとおいしいものがたくさんあるのに、とは思いますが、それは主観的なもの。インドでもあんこは受けなかったし、カスタードクリームもダメ。なぜか柿の種とかコーラ飴なんてのが人気がありました。買う方からしてみれば、そんな風に指定してくれたら、どんなに楽なことか。

でも一応念のために出発直前に、女性社員(3人)を中心に確認してみました。                                  ”はい、みんなあれが大好きです!” 別の日本語がわかる男性社員からも、   ”そのほかだったら、日本の飴とか甘いものだったら受けますよ。100均の品物でもまったく問題ないです” とのアドバイス。(サンパウロにもDAISOとかあちこちにありますが、値段はおよそ3倍くらいします)とにかく、スーパーで日本の飴をいくつか買って、空港で「白い恋人」をひと箱で完了。選ぶ手間なし、そして軽いし、そしてみんなが好きなら言うことなし。

白い恋人なんて、とは思っていましたが、上記の写真を探すべく、日本の空港で人気のお土産リストなどを見ていたら、なんと「白い恋人」はお菓子部門で売上げ,堂々の2位に輝いていました。ちなみに1位は「じゃがぽっくる」とかいうジャガイモのお菓子らしいです。今回も自分で食べてみれなかったですが、次回は試食してから買ってみよう。                            飴の方は沖縄産?の黒砂糖を使った黒飴が人気でした。とにかく甘いものが好きみたいですね。コーヒーなんかもたっぷり砂糖を入れ、ブラックで飲むという人は皆無です。

ウォシュレットの導入

フランスにもなかったけど、サンパウロにもウォシュレットはまずありません。 インドでは手動ではあっても、ほぼどこでも備え付けられていたため、完全にウォシュレットに慣れてしまったこの体、なんとかサンパウロでも使えないものかと、日本にいる間アマゾンのサイトを覗いてみました。本格的なものでなくとも携帯でいいから適当なものがないか?と探してみると、それがあるある、いっぱいありました。いろんなメーカーの便器に取り付ける本格的なものから、携帯の電動式など。 なかでも感心したのはペットボトルを活用するタイプ。3種類も入ってお値段はたったの1,100円。そうだ!これでいいではないか?水の出口が”レ”の字になっているだけで、十分ウォシュレットになるはず。

*蓋(ねじ込むところ)のサイズは同じに見えますので、水の出方が違うのでしょう。あるいは予備か。 グッドアイデアとおもいます。。

よほどこれで決めようかと思いましたが、もしブラジルのペットボトルと合わなかったら?そして、3種類もあってもどうせ一つしか使わないであろうと、値段は99円高かったけど、以下の“ウォシュレット”の購入に決定。そしてさすがアマゾン、翌日には届きされました。

*こちらは1,199円。携帯用の袋も付いているし、ペットボトルとの相性を心配する必要もありません。

さて使い心地はいかに。はい、立派なウォシュレットであります。願わくば水の出口、ノズルの部分で水の勢いが調整できたら完璧ですが。手動ですから、手で押す力を調整すればいいのですが、このノズルちょっと水が出すぎの感あり。すなわち水の勢いが弱いのです。でもまあ90%満足です。               会社でも使いたいけど、もしこんなもの事務所に置いていたら変人と思われるだろうな・・・  

ところとでブラジルではトイレットペーパーをトイレに流してはいけません。  トイレットペーパーの質が悪く水に溶けない上、排水パイプが細いので詰まってしまうということです。赴任してまもなくある情報誌でこの記事を読んで驚き、前任者のM氏に確認したところ、                        ”良いところに気が付きましたね。でも私は流してましたよ。幸い詰まったことはなかったです。アパートも事務所も比較的新しいビルなので(パイプが太めなので)、たぶん大丈夫だとお思いますよー”                  確かにそれまでは何の疑いも無く流していたのですが、これといって問題発生せず。この”ウォシュレット”を使えばよりペーパーの消費量を抑えられるし、ブラジルのトイレには必須アイテムと思えます。                  逆に日本に来たブラジル人は、日本のトイレでも使用後のトイレットペーパーを流さず、ごみ箱がなければウ○○の付いたペーパーを便器の脇などに散らかしてしまい、掃除のおばさんなどを困らせてしまうそうです。             考えてみればインドも同じだったかも知れません。事務所のトイレにはごみ箱が置いてあり、その中にペーパーが捨ててあって、”これはお尻を拭いた紙だろうか・・”と疑問には思ったんですが、聞かずじまいでした。”ウォシュレット”なのでウ○○は付いてませんでしたが。もっとも、インドではほとんどのトイレは紙など付いてない、あるいは使いませんので、紙のせいで詰まってしまうような心配は不要でしょう。紙無しでどうやって水をふきとるんだろう、って?そのままで気にしないか、手で適当に散らかしておしまいみたいです。少なくともパンツが吸収してくれますから。

AAで日本に一時帰国

会社では年に2回、10月と2月に各地の現地法人の代表者を集めて会議を開催します。東京ミーティングと呼んでいますが、私の場合は10月1日に赴任したので、3週間もしないうちに日本に帰るという、やや厳しいスケジュールになってしまいました。なにせ飛行機に乗っているだけで24時間以上もかかりますので、日本に帰れるのはうれしいけれど、移動の大変さを考えたら少々気が重くなります。     サンパウロから東京への直行便はなく、USAのどこかで乗り継ぎに3時間ぐらい、プラス自宅からサンパウロ空港への道のりと成田から自宅まで合計4時間以上もかかり、その上空港へは出発の2時間ほど前に着かなければならないので、合計すると軽く30時間を超えます。そして時差が12時間あるので、たっぷる2日間も”消費した” ような感覚になります。                      ま、そーは言っても10月の日本は最高ですから、着いたとたんにそれまでの”苦行” は、まいーか、となってしまうのでした。

今回初めてAA(アメリカンエアー)を使いました。こちらはOne WorldでJALとのコードシェアー便です。これまではスターアライアンス系(ANAなど)を使うことが多かったのですが、単にAAが安かったのでそちらにしただけです。サンパウロからダラス経由でしたので、米国に一旦は入国した形になるものの、荷物を取り出す必要もなく成田に向かいました。これが他の空港、例えばシカゴとかニューヨーク経由なんかだと荷物を一旦受け取らないといけなくなるようです。まだその辺のシステムの違いがよくわかっておりませんが。

東京での会議のことは省略して、日本からの帰りは日常業務でお世話になっているUSA法人にご挨拶しておこう、ということで事務所があるボストン経由にしました。成田からボストンまでは直行便があり、AAをまったく感じさせないJALそのものでした。 JALは一度は死んだ状態になりましたが、最近は評判が良いようなので、その辺も少々興味があるところです。                  成田は夕方6時ごろ発でしたので、既に日本時間に慣れた体には夕食時間にちょうどいいタイミングです。ANAよりはいいよ、という評判の機内食はいかに?

 *これは私が食べたその日の機内食そのものではないですが、似たような感じです。ANAとくらべてどちらが良いとも言えませんが、往路でお世話になったAAよりははるかに良いように思います。でもAAはビール、ワインはたっぷりと出してくれました。まずは”量”なのか、単に大雑把だけなのか?

日本とボストンとは10時間ぐらいの時差がありますので、到着は出発と同じ日の夕方5時ごろ。到着前には2回目の食事、というか軽食が出たのですが、それがなんと”吉野家の牛丼”でした。”エアー吉野家” というブランドで、吉野家と提携しているみたいです。これはANAにはなかったです。さしてお腹も空いていなかったし、その日はUSA法人のスタッフと食事をすることにもなっていたので、一口だけ食べてみました。適度にあたためられており、100%吉野家そのものです。   どこの航空会社だったか、日清のカップヌードルを出すところもありましたが、機内でこういった庶民に定着した食べ物を出すのが受けているのかも知れません。 おにぎりとかコンビニ弁当とかにしたら、受けるだろうか。          航空会社としては準備は楽でしょうね。

ポルキロランチ

普段ランチは近くのレストランで済ませます。インドのように”お弁当” をもってくる人はいません。家が近くの人はお昼を食べに家に帰る人もいます。          またブラジルではランチ用カードというものがあって、会社はその支給を義務つけられています。一日38レアル分(1,000円弱ほど)で、月に22日分が支給されますが、20%(200円ほど)は個人負担することになっています。だったら最初から80%の30レアルほどにすれば良いと思うのですが、あまり高額にならないようにとか、なにか理由があるのでしょう。食事の後、クレジットカードと同じように使います。安めのレストランに行くと30レアルもかかりませんので、余った分は日用品の購入にも使えるとか。もちろんすべての店で使えるわけではありませんが。

* ALELOカード(食事カード)。暗唱番号もあり、クレジットカードとほぼ使い方は同じです。ALELOという会社が発行していて、働いている会社から毎月自動的に決められた金額が加算されるようになっています。

ランチタイムにやっている多くのレストランでは、ビュッフェスタイルのセルフサービス形式で、値段は”Por Kilo” といって、重さで料金が決まります。英語で言うと”Per Kilo”ということです。肉も魚も野菜もごはんも、あるいはデザートもそれぞれの価格はなく、すべて同じものとして全体の重さに従って支払います。 ”牛肉とご飯が同じ値段?” などと日本人ならば考えたりしますが、ブラジルでは肉類は安いし、計算も簡単になるので、合理的なシステムかもしれません。

* 好きなものを取って、重さをはかってもらって料金が決まります。これはパスタですが、20レアル(520円ぐらい)だったと思います。この日は少々軽め。
*こちらは典型的なブラジル料理というかランチメニュー。ごはんに豆の煮物をかけて、牛肉と野菜を添えて、25レアル(650円)ぐらい。これは私が選んだメニューですが、ちょっと量が多すぎでした。反対側は女性ですが、同じような量をペロッと食べてしまいます。そのせいかどうか、太った人は実に多いです。

現在の為替相場だとランチの料金は500円ぐらいから1,000円ぐらいまでと、ほぼ日本の価格に近いです。                          ところが日本食レストランに行くととたんに価格が跳ね上がり1.5倍から2倍になってしまいます。以下の写真は”沖縄” という店で食べたカツカレーですが、なんと1,400円もします。お寿司など食べようものなら2,000円以上は軽く行ってしまいます。でも結構地元に人は食べてたな。もちろんこちらはポロキロ料金ではありません。

*久しぶりにカレーが食べたいと思って、しかもブラジルだからとカツカレーにしてみましたが、とても食べきれる量ではありません。半分でも多いくらいです。こんなのペロッと食べられた頃がなつかしい。。。

スライステニスクラブ

苦労して購入したテニスシューズを履いて、いざテニスへ。そこは”スライステニスクラブ”という名前で、サンパウロ中心地から西に25Kmほど行ったところにあります。もちろん車無しでは行けませんが、私は車も運転免許もありませんので、近くに住むMさんの車に同乗させていただくことになります。Mさんは私のアパートの前でばったり出会った人なのですが、彼の家は本当に近くて、歩いて一分です。トヨタカローラですが、ブラジル製で日本のカローラに比べるとやや大きめな感じがします。                              防弾車ですので、ドアは重く、後ろの窓は開きません。窓は防弾ガラス、ドアには鋼鉄の板がはめ込まれており、防弾車にするには車両価格に100万円ほどの追加工事が必要なんだそうです。防弾ガラスは軽くコンコンと手でたたくとすぐわかります。でも同じ場所に3発当たったら耐え切れないそうですが、ピストルならそんなことはあり得ないでしょう。マシンガンを使われたら分かりませんが。

同じ地区には車を持たない(運転しない)おばさんプレーヤーも複数人居りますので、彼女たちもピックアップしていざスライステニスクラブへ。彼女たちは車に同乗させてもらうお礼も兼ねてでしょうか、ランチを用意してくれることになっています。11時ごろ出発すると12時ごろ到着するので、まず現地でランチをしてからテニスということになりますが、そのランチにみんなそれぞれ甘いものや、果物なども持ち寄るのでとても豪華なランチになります。毎週押さえているテニスコートは一面だけですが、屋根付きのため仮に雨であっても問題なくプレーができるし、BBQができる設備まで付いています。BBQの設備は、このグループの要望によって作ってもらったそうです。もちろん費用は自分たちで負担したそうですが。

*この日は土鍋で豚汁だったでしょうか。ひじきの煮物、おにぎり、漬物、カボチャの煮物、紅白の大福もちなどなどがならび7-8人でも食べきれません。残りはみんなで分け合って持ち帰ります。奥の方に見える四角いレンガ作りがBBQ用の設備です。その右側が流し。クリスマスには”特別牛肉” ここで焼いて忘年会とするそうです。

*ネットにピントが合ってしまいましたが、”全天候型”のコート。屋根付きですが、サイドは開いているので、風は通ります。日本ではこのようなコートは見たことがありません。

*我々のコートは右上のドームのコートになります。

前任者のM氏はこのサークルにほぼ皆勤賞だったそうで、さぞかし楽しい会であったであろうことが伺われます。なかには80歳のおじいさんのNさんという方も居て、それがとても80歳とはとても思えないテニスをされるのにはびっくりしました。髪の毛も色こそ白いものの量的には若い人とまったく変わらず、自分も将来はかくありたいと思いました。でもよく話を聞くと、人知れず努力してるんですよね、若さを保つために。

ポルトガル語の学習

テニスシューズを買うのにも苦労したからというわけではありませんが、ブラジルにいるのならある程度のポルトガル語の知識は必須に思われます。それは赴任する前から覚悟というか予想はしておりました。前任者のM氏は親切にもポルトガル語の教本や辞書を2-3冊置いてってくれて、挨拶の仕方や、値段の聞き方、数の数え方などが書いてありますが、これらを力ずくで覚えれば良いのだろうか?まあそれでも乗り切れるとは思いますが、何事も基礎が大切と思われ、どこかで基本文法とか”決まり”だけでも習っておいた方が近道ではなかろうかと考え、だれか適当な先生を探すことにしました。かといって、会社のなかの誰かに習う、というのは立場上あまり好ましからぬと思われ、社内のOさんにもらった月刊ミニコミ誌”Pindorama 10月号”をパラパラ見ていると、最後のページに”Classificados” すなわち英語のClassified(広告欄)に一つだけ     ”ポルトガル語教えます。ノリコ” というのがありました。その先生が良いのか悪いのかという問題もありますが、私にそんな判断ができるはずもなく、また”授業料”もどこも似たようなものだろうと考えて、早速メールをしてみました。

*Pindorama(ピンドラーマ)とは先住民のことばで”ヤシの国”という意味だそうです。この手のミニコミ誌はどこの国でもありますね。

すぐに返事が返ってきて、冒頭には ”ではこれから頑張って日本語で書きます” とあります。ノリコとは日本人女性の名前ですが、どうも日系ブラジル人のようです。 生活に必要な基本だけでいいので、 とこちらの趣旨を説明し、     ”では早速今週の土曜日からお願いできますか?”               ”了解しました。では夕方4時から1時間30分ほどということで。ただ、家の前には3つほどテントがあって、ホームレスが住んでいるんですが、彼らはいまやAmigo(お友達)なので、心配しないでください”                  教室は自宅から3つ先の駅Sao Joaquimで、日本人街のLiberdadeの一部と言えるところでした。                              ノリコさんは年のころ50歳ぐらいのおばちゃん(失礼!)で、バブル絶頂期のころ日本の都立大学で勉強していたそうです。 恐らく3世でしょうから、その時本格的に日本語を勉強したものと思われます。会話はほぼネイティブですが、書くとなると結構大変ということなのでしょう。                   初日はほとんど雑談というかお互いの自己紹介などで過ぎてしまいましたが、”60の手習い” 果たしてどこまで学習効果が期待できるものかは。

 ちなみにノリコさんによると、その頃の日本はバブルに沸いていてすごかった、そうです。日本にいた私が他人事のように言うのも変かも知れませんが、そのころは名古屋にいて、会社もバブルの恩恵などまるでなく、そんな雰囲気はほとんど感じなかったです。でも名古屋でも多くの外国人が日本を訪れていて、日本語を勉強したり出稼ぎに来ていたのは確かにありました。

Liberdade(日本人街)

ブラジルには150万人を超える日系人が住んでいます。そのほとんどは戦前から戦後にかけてブラジルで一旗揚げようと移民として渡航した人々の子孫で、いまや4世、5世となっています。2世も普通に街で見かけますが、もうお爺ちゃん、おばあちゃんです。でもその辺まではふつうに日本語を話しますが、3世以降では話せる人は少なく、流暢に話せる人の多くは日本に留学したことがあったり、働いたことがある人達のようです。

ブラジルは日本以外で最大の日本人コミュニティーがある国ということで、サンパウロには日本人街もあります。そこはLiberdade(リベルダージ)という地区で、サンパウロの中心からやや南に位置し、東京で言えば新橋とか、あるいは新宿を都心と考えると渋谷と言ったところでしょうか。Liberdadeの駅を降りて下って行くと鳥居があり、街灯も日本風です。その一帯には日本のものがほぼなんでもあります。醤油、みそ、豆腐、納豆、こんにゃくなどはもちろん、タケノコ、ゴボウ、糠漬けの糠さえも売っています。またラーメン屋、和食レストラン、総菜屋、和菓子店などなど。インドであったら良いなと何度思ったか分からない”コンビニ弁当”などもあり、またそこで働く人たちも日本語がわかるので、ポルトガル語に苦労している私などは、やはり足が向いてしまいます。自宅からは地下鉄で4駅ほどと近いので、週末時間のある時には買い出し兼ねてランチ、なんて言うのが最初の頃の土曜日の定番のようになっていました。ちょっと侘しいですが。

*Liberdare駅を出ると、いきなりお城のような建物があります。そのあたりには屋台風の小さな店で、日本の小物やお土産などの店でいっぱいです。

*観光地化しており、現地人も多く、通りは狭い上に車も通るので、歩きにくいです。スリにも気を付けなければなりません。

*コンビニではないですが、おにぎりや弁当類もたっぷり。

*日本の食材。お茶つけの素とかふりかけ類。

*日本のスーパーとぼぼ変わらないですが、ちょと狭いです。

*タコ焼き屋がありました。餃子も売ってます。店で働いているのはもちろん日系2世か3世でしょう。GUIOZAはポルトガルの発音で“ギョウザ”に一番近い表記と思われます。5個で7レアルとは180円ほどです。たこ焼きはその倍の値段。1パック10個ほどだったと思います。

Feira(フェイラ)

フェイラとは”市場(いちば)”のことです。前任者のM氏より”フェーラに行けば魚も肉もたいていのものは買えますよ” と聞いていたので、今回も日本語が堪能なO氏にフェーラについて聞いてみました。                           ”わかりました。日曜日の朝、会社の近くのフェーラが大きくて良いと思います。多分Mさんもここのことを言っていたとおもいます”                   ”では場所を教えていただけますか?”                       ”会社への途中駅にあるPraca da Arvoreという駅の近くです。私も一緒に行って案内しますよ”                                     ”いやいや場所さえ教えてもらえれば、一人で行けますから”             ”でもまあ、そこは私の家から歩いて行けるし、私もなにか買うかもしれないので、気にしないでください”                               ”そうですか、じゃお願いします”                         ”はい。では日曜日の朝7:00駅で待ち合わせましょう”

その市場はPraca da Arvoreの駅から歩いて5分ほどのところにあり、通りいっぱいに野菜、魚、肉、果物、チーズや日用品などの店がぎっしり並んでいました。入口にはなにやら揚げ物屋があります。どうもそこで朝食を取る人が多いように見えましたが、その時はそれがブラジルでは有名なストリートフード、Pastel(パステウ)だとは知らず、その日の主な目的である魚屋を目指しました。

*このあたりから魚屋の露店が数件続きます。この先に八百屋、果物やなどがありました。

*左側は刺身のセットです。マグロ、サーモン、のセットで1パック1000円ぐらいでした。右側はマグロの赤身と白身魚(種類は?)。ポルトガル系の人であっても店の人はある程度日本語がわかります。

その日はせっかくだからと刺身にパックと鮭の切り身とイカを少々買いましたが、イカを買うときには日本語で ”中、きれいにする?しない?(ワタを抜く?抜かない?” と聞かれちょっと驚きました。それだけ日本人の客が多いということでしょう。確かに行きかう客は日系人っぽい人が多かったです。                      下の写真はその日かった刺身のパックですが、あまりに量が多く、4回分に分けて食べた次第です。個人的にはそれほど刺身にこだわりはないのですが、たまたま立ち止まった店とやり取りしているうちに何となく買う羽目になってしまったのでした。ごく普通のマグロの赤身とサーモンの刺身ですが、インドではまず手に入らないものなので、それなりの感慨が感じられたのでした。     

テニスシューズを買うにも一苦労

前任者のM氏のお陰で、サンパウロでのM氏の知り合いも”引き継ぐ”ことができました。M氏は、休日はテニスにいそしんでいたようで、日本人のテニスサークル(現地の日本人=永住者も含む)に後任者としてそのまま仲間に入れてもらうことに。早速メンバーの一人からメールをいただき、”今週末参加されますか?” と聞かれたので、      ”参加はしたいのですが、ラケットも無いし、、、” と言うと、          ”私使ってないのが一本ありますから、よかったらどうぞ” と親切なご提案。     ”では、お言葉に甘えて” ということで早速参加することになりました。でも、テニスシューズもありません。なんでもあるサンパウロ、どこでも買えるだろう、と翌日会社の帰りにでも買おうと気軽に考えておりました。                   ところが、いざ通りすがりの靴屋に寄ってみたのですが、まったく言葉が通じません。 ”だから、テニス用シューズですよ” とアクションも交えて説明しながら、ショーウインドーに置いてあるそれらしき靴を指して、”あれはテニスシューズではないのか?” と聞いても、なんかプロトガル語で言いながら首を横に振るばかりです。         結局、どうもテニスシューズは置いてないらしい、と理解してその店は退散。 

翌日会社にて、顛末を話すと、”ブラジルではカジュアルシューズのことをテニスというんですよ。だから「テニスシューズ」といったら「シューズシューズ」と言っているようなものですから「テニスをするためのシューズ=Tennis para jogar tennis」 と言わなければ正確には通じないですね。きっとその店の人は分かったと思いますけど、テニスシューズは置いてなかったんでしょう”                      はあ!?・・・テニスとはブラジルではカジュアルシューズの意味ですか? きっと店の人も一生懸命説明してくれたのだろうと思いますが、私もポルトガル語はサッパリなので、当たり前ですが言葉が全く通じないというのは不便なものです。

そして翌日、テニスシューズを売っていそうな店にを教えてもらってめでたくアシックスのシューズを買うことができました。もっともどうせ”草”テニスですから、ちゃんとしたテニスシューズで無くてもいいんですけどね。

そして帰宅途中、自分のアパートに差し掛かったあたりで、前から歩いてきた日本人らしき人から                                    ” XX=私の名前 さんですか?” と私に話しかけるではないですか!?       一瞬なにが起こったのか理解できず、少々の間をおいてから、            ”えー!な、なんで知ってるんですか?”                      ”あ、やっぱり。Mさんから写真を見せてもらっていたので。私は〇川と言います”   ”そうでしたか”                                 ”私の家もすぐそこなんですよ。歩いて一分。今週のテニス参加されますよね?”    ”はい、そのつもりです。よろしくお願いします”                  ”じゃ、日曜日の10:50分に私のアパートの入り口で待ち合わせましょう。シルバーのカローラに乗って出てきますから”                         右も左も分からない地球の反対側でいきなり自分の名前を呼ばれるとは夢にも思いませんでした。

アパートへ入居

アパートはホテルから極めて近く、歩いて3分ほどのところにありました。場所的には市の中心部を走るパウリスタ大通りのすぐ近くですから、東京で言えば銀座か渋谷あたりにあるようなものです。 19階建ての15階。でも各階の天井が高いので、日本のマンションの感覚でいうと20階ぐらいの高さに見えます。インターコンチネンタルホテルのように建物は細長く(細くて高い)ブラジルの建物って大丈夫か?と思われるのですが、地震がないとのことですので、きっと問題ないでしょう。 前任者のM氏は綺麗好きと見えて、掃除が行き届いており、また整理しておいてくれて、ある程度掃除や整理をしないかと覚悟していたのですが、その必要は全くなく、助かりました。              スーツケースの荷物(ほとんど衣類)を早々に片付けて早速日曜品の買出しに行くことになりました。その日は会社のアドミスタッフが付き合ってくれて、近くのスーパーで、お米、野菜、果物などの食料を購入。人間、生きてゆくだけなら多くのものは必要ないですね。電気やガスが使えるアパートがあって、着るものもある程度あって、そこに食料が加われば十分です。

*このアパートの15階になります。1フロアー4件のアパートと思います。

ところで、ブラジルには日系人が多く、付き合ってくれたスタッフも日系3世で日本語をほぼ完ぺきに話します。ただ、日系人だからと言ってみんな日本語が話せるわけではありません。2世までならともかく、3世ともなるとポルトガル語のみ、という人も少なくありません。この辺はまた改めて触れることになると思います。             会社へは車で30分足らずということなので、翌日(10月1日)から出社の予定にしていましたが、せっかくだから顔だけ出してみようということになり、ちょこっとご挨拶。  女性社員が3人と2人ほどの男性社員が居ただけですが、とりあえずは初顔合わせは終了。やや緊張の場面ではありますが、買い物のついでに寄ったカジュアルな訪問でお互い良かったかも。

そして会社から帰ってアパートに着く直前に、前から歩いてきた日本人らしき人から ” XX=私の名前 さんですか?” と私に話しかけるではないですか!?       一瞬なにが起こったのか理解できず、少々の間をおいて、            ”えー!な、なんで知ってるんですか?”                      ”あ、やっぱり。Mさんから写真を見せてもらっていたので”             ”そうでしたか”                                 ”私の家はすぐそこなんですよ。歩いて一分。今週のテニス参加されますよね?”    ”はい、そのつもりです。よろしくお願いします”                  ”じゃ、土曜日の10:50分に私のアパートの入り口で待ち合わせましょう”      着いたばかりの地球の反対側でいきなり自分の名前を呼ばれるとは思いませんでした。ちなみにこのアパートでは、指紋を読み込んで第一のゲートが開き、その後常駐している警備員に顔を確認されて第二のゲートを開けてもらい、アパートの敷地に入ることができます。そして最後に部屋の鍵を開けます。さすがにサンパウロというか治安に問題ありのブラジルであります。